歯突起後方偽腫瘍の手術戦略

2014-02-20

 

歯突起後方偽腫瘍の治療法はまだ確立されていません。高齢者に多く、合併症を抱えている患者も多いためできれば侵襲の大きい後頭骨頚椎固定術は避け、除圧術のみを行いたいところです。しかし、「偽腫瘍は不安定性に起因するから、固定術は必須である」と考える脊椎外科医も少なからずみえます。

例えば腰椎すべり症は多くの場合不安定性を伴いますが、必ずしも固定術のみが行われているわけではなく、除圧術のみで良好な成績をおさめることは珍しくありません。しかし、環軸椎不安定性や、偽腫瘍に対する手術は症例が少ないこともあってかなかなかコンセンサスが得られていません。

そこで、今回は環軸椎亜脱臼のない歯突起後方偽腫瘍に対してC1椎弓切除による除圧のみを行ったケースシリーズを紹介します。不安定性の少ないもしくは無い症例にしぼった報告ですが、案外良好な成績です。必ずしも固定を行わなくても良いのかもしれません。

 

Eur Spine J. 2013 May;22(5):1119-26

C1 laminectomy for retro-odontoid pseudotumor without atlantoaxial subluxation: review of seven consecutive cases.

Kakutani K, et al. Kobe University

 
要約
目的: 歯突起後方の偽腫瘍は、通常は環軸椎亜脱臼(AAS)に伴う反応性の繊維軟骨のmassである。しかし、AASに関連しない歯突起後方偽腫瘍はC1椎弓切除にて自然に縮小する事が報告されていた。本論文では目的は、AASを伴わないC1椎弓切除後の術後成績を報告する。
対象と方法: 歯突起後方偽腫瘍があり、環軸椎亜脱臼(AAS)のない7名の患者。(平均年齢75.6歳)を検討した。平均フォローアップ期間は、52.3ヶ月。
全患者は、C1後弓切除を行い、うち3名はC3-6椎弓形成を行った。JOAスコアを神経学的評価に使用した。偽腫瘍のサイズとAASは、MRIとレントゲンで評価した。
結果: 全患者は術後に神経症状の改善を認めた。JOAは7.2点±3.2点から14.1点±2.6点まで回復した。平均のO-C2角とC2-7角の減少は、-3.2±2.1°と-3.9±1.7°と、僅かな後弯変形をきたした。術後のAASは認められなかった。全ての偽腫瘍は自然と吸収された。再発と、再増大は認められなかった。
5例の患者に対してガドリニウム造影MRIを思考した。腫瘍の造影効果を認めた4例では術後1年でほぼ完全に腫瘍の消失を認めた。
考察: 本研究では、C1後弓切除を検討した結果全例で神経症状の改善を認めた。全ての偽腫瘍は縮小し、AASの発生は認められなかった。AASを伴わないC1椎弓切除は治療法として勧められる。
 
【背景】
MRIの発達により、近年歯突起後方偽腫瘍が多く発見されるようになってきた。この偽腫瘍はRAや透析との関連が知られ、脊髄症を引き起こすこともある。
しかし、基礎疾患とは関連せず、慢性的な頭蓋頚椎関節の亜脱臼により繊維軟骨性の偽腫瘍が発生することが報告されている。環軸椎関節の不安定性はtransvers ligament の断裂と肥厚を繰り返し引き起こし、偽腫瘍を形成する。しかし、不安定性の無い歯突起後方の偽腫瘍も時々見かける。Chikuda先生(東大)らは、10例の不安定性のない歯突起後方偽腫瘍を報告した。彼らはOALLによる隣接椎体の癒合がリスク因子であると述べた。更に、OALL、OPLL、頚椎後弯による生体力学的変化が環軸椎関節に負荷をかけて不安定性はなくとも歯突起後方偽腫瘍を引き起こすのかもしれないと述べた。
 この理論によると、後方固定による後頭頚椎固定か環軸椎関節固定が不安定性の有無にかかわらず最適な治療法と考えられる。神経学的所見や、症状の改善が後方固定後は期待できる。一方、Suetsuna先生(青森、八戸)らは、C1後弓切除後に自然な偽腫瘍の消退を認めた。偽腫瘍の病態は今だ不明で治療も確立していない。
 本研究では、7名の不安定性の無い歯突起後方の偽腫瘍の後弓切除の成績を後ろ向きに検討した。 目的は、C1後弓切除が偽腫瘍の治療効果と、偽腫瘍の自然消退や頚椎のアライメント等の評価を行うことである。
 
【対象と方法】
不安定性の無い偽腫瘍に手術した7例。2年以上フォロー。(52ヶ月±25ヶ月、27ヶ月から99ヶ月)男性6名助成1名。平均年齢75.6 ± 7.6歳(64–87歳)。歯突起後方の偽腫瘍は、全身疾患(RA、透析など)や、外傷によるものを除いた。神経所見は、両側肩甲上腕反射亢進、病的反射により全例偽腫瘍によるミエロパチーと診断された。
 本研究では、歯突起後方の偽腫瘍は T1低信号、T2低信号から高信号、CTで石灰化を認めないものとした。造影MRIは5名に行った。全例C1後弓切除を行い、頚椎の脊柱管狭窄を認めた3名はC3-6椎弓形成を同時に行った。フィラデルフィアカラー固定を1ヶ月行った。
 
神経学所見と画像所見評価
JOAスコアと改善率、
レントゲンによるアライメント、頚椎可動域は、O-C2(McGregor’s line)、C2-7 角
環軸椎不安定性は、屈曲位でADIが4mm以上を不安定性ありとした。
MRIによる偽腫瘍のサイズ評価。最も厚みのある部分で50%以上の減少を認めたものを縮小、 50%以下を 不変、とした。
 
【結果】
Table1 に症例の概要あり。OPLL、OALL、後弯が5例あり。
Table2 全例JOAは改善。 ADIは術前後で不変。亜脱臼発生なし。
Table3 術後にO-C2角3.2°、 C2-7角3.9°の後弯化を認めた。可動域はO-C2で軽度減少。 C2-7角で軽度増加。統計なし。
Table4 造影効果あった4例全例が、術後1年で腫瘍減少。 造影効果のなかった1例は減少なし。(統計なし。) 腫瘍減少とJOAに関連なし。
 
【考察】
歯突起後方の偽腫瘍は珍しく、症状は様々で、麻痺、頭痛、肩こり、頚部痛を起こす。脊髄症や突然死を引き起こすこともある。最も多い原因はRAのパンヌス形成である。23名のRAのMRIを検討したところ、14名が偽腫瘍があり、全例不安定性を伴ったとする報告がある。
一方、不安定性とは無関係の偽腫瘍の報告もある。環軸椎関節の不安定性はtransvers ligament の断裂と肥厚を繰り返し引き起こし、偽腫瘍を形成すると考えられる。ChikudaらはOALLによる隣接椎体の癒合がリスク因子であると述べた。更に、OALL、OPLL、頚椎後弯による生体力学的変化が環軸椎関節に負荷をかけて不安定性はなくとも歯突起後方偽腫瘍を引き起こすと考えた。我々の研究では、環軸椎亜脱臼はなかったが、Chikudaらの述べるリスクファクター(OALL、OPLL、頚椎後弯)が5例に認められた。我々の結果はChikudaらの仮説と整合する。
 歯突起後方偽腫瘍の治療法のまとまった見解はない。不安定性が原因であり、後方固定が正しい治療法だと考えられていて実際良好な成績をおさめていた。
 しかし、Suetsuna(青森、八戸)らは、3例中2例にC1後弓椎弓形成後に自然な偽腫瘍の消退を認めた。我々の研究では7例全例で腫瘍の縮小を認めた。さらには2年間のフォローアップ期間中に新たな不安定性の出現は認めなかった。
 頭蓋頚椎関節は、 O-C1とC1-2関節からなる。OC-1は頚椎前後屈可動域の50%を担い、C1/2は頚椎回旋の50%を担う。関節の安定性は主には靭帯からなり、横靭帯と翼状靭帯は特に重要だ。posterior occipitoatlantal membrane と posterior atlantoaxial membrane もあるが、こちらは余り重要ではない。
 不安定性のない偽腫瘍患者はOALL、OPLL、頚椎変性があるため、もともと可動域が障害されている。その為、後方固定術は好ましくない。 本研究では、C1後弓切除は不安定性を起こさなかったため、治療法の一つとして検討してもいいのではないか。
 本研究では偽腫瘍の自然消退が認められた。椎間板ヘルニアでは自然消退することが知られている。軟骨成分が炎症や血管新生の結果自己免疫反応により変性やマクロファージの貪食を受け吸収されるとされる。
 我々の研究では、造影効果あった偽腫瘍は吸収され、造影効果のない腫瘍は吸収が不十分だった。これは偽腫瘍周囲の血管新生を反映しており、後弓切除後によりより血流の回復が起こり、吸収されたのかもしれない。もちろん、ヘルニアと偽腫瘍は病態が違うのだけど。
 不安定性を伴う偽腫瘍の治療は、後方固定が一番良い。不安定性を伴わない偽腫瘍、特に造影効果のあるものの治療は、後弓切除単独である。また造影効果がなくても、C1後弓切除のみで充分良好な成績であった。
 
【結語】
不安定性を伴わない歯突起後方の偽腫瘍に対してC1後弓切除を施行し、全例で神経症状の回復を得た。
新たな環軸椎亜脱臼は発生しなかった
全例で術後に偽腫瘍の縮小を認めた。偽腫瘍に造影効果のあった4例は1年後に完全に偽腫瘍の消失を認めた。
ゆえに、不安定性を伴わない歯突起後方の偽腫瘍に対してC1後弓切除を考慮すべきである。
 

自己紹介

飛田 哲朗 Tetsuro Hida

名古屋で脊椎外科医の仕事の傍ら、サルコペニアの研究をしています。

2017年-2018年 アメリカのサンディエゴに、家族連れで臨床留学しました。 

 

好きなテレビ:

未来世紀ジパング

 

池上彰さんが出る回とか、最高ですね。テレ東経済番組の面白さは安定してます。

 

好きな映画:

アメリカのSF映画。遺伝子エリートと雑草魂の葛藤がたまりません。同じアンドリュー・ニコル監督の「In Time(タイム)」もいいですね。

 

息子の難病の治療法開発を試みる銀行家の父の、実話を元にした物語。熱意と戦略がそろえば誰でも治療法開発に携われる可能性があるんですね。

Follow-up of 89 asymptomatic patients with adrenoleukodystrophy treated with Lorenzo's oil

論文のラストオーサーが父親。

 

 

NYのイタリアンレストランのある一夜が舞台。料理漫画の傑作「バンビ〜ノ!」全巻がこの1本に詰め込まれたような中身の濃さ、事件だらけです。イタリア料理好きにはたまらない数々の料理、ガーリックオイルが恋しくなります。

 

好きな飲み物:


最近はアメリカのマイクロブリュワリーと呼ばれる小規模ビール工房の地ビールにはまっています。

 

サンディエゴにあるBallast Point という醸造所のSculpin (Indian Pale Ale)というとても味が濃くてフルーティな種類のビールがお気に入りです。

 

 

 

リンク

朝日新聞、 「筋肉少なく肥満、高齢者の1割 名大、北海道の323人分析」(平成26年6月3日夕刊)

八雲町での疫学調査を取り上げていただきました。

名古屋テレビ UP! 注目ニュース「サルコペニア肥満」

2013年8月2日に放送された内容です。僕の研究を取り上げていただきました。とてもわかりやすくまとまっています。

 

リハビリテーション栄養・サルコペニア(筋減弱症)

サルコペニアのエビデンスが集積しています。勉強になります。

 

整形外科 論文ナナメ読み (JBJSなどなど)

JBJSの要約がまめに更新されています。抄読会のネタ探しにぴったりです。

整形外科医のための英語ペラペラ道場

英語論文を書く際の道しるべです。

整形外科医のブログ

整形外科臨床にとどまらず経済学にも詳しい記事が参考になります。